2007年 04月 25日

本日はお昼の部をお休み頂きます

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本日は諸事情により、誠に勝手ながらディナーの営業だけとさせて頂きます。

画像は昨年のアルザス旅行で1泊だけ宿泊したホテルのルームキーです。有名なシュヴァイツァー博士の生誕の村カイゼルスベーる(フランス読み)にあるホテルです。
シュヴァイツァー博士とは神学者、哲学者、医師、音楽家のあらゆる顔を持つ偉人であります。有名な活動や言葉が沢山残っており、その一つに
「人間とは生きようとする生命である。こう認識することで私たちはあらゆるものの生命に畏敬の念をもつことが出来る。 自分の生命の中に、他者の生命を体験するのである。悪とは生命を傷つけ破壊することである。」  
ふっと考えると、最近の日本人に足らないのは将来を期待し生きようとする意志なのかも知れませんね。
将来の不安から来る絶望感や、生まれもっての格差、恥を恥と思わない小さな島国。人口が異常に増え隣近所との境界が狭くて与える事に違和感を覚え、独占欲が強い世の中になっていると思います。

話は大きくなってしまいましたが、テーブルマナーについて・・・、
堅苦しい言葉かもしれません。しかし大半の方が勘違いをされているかと思いますので時間がある本日、私の持論を挙げてみたいと思います。
我々レストランに必ず付いて回る言葉、テーブルマナー、ドレスコード等ですが一時の間違った教えを元に変な食べ方、マナー等を押し付けられていた時代もあります。
「自分のお金と時間で美味しい物、食べたいものを自分の好きなように食べる」「堅苦しくご飯を食べたくない」「気にしてると美味しい物も美味しくない」
これは当然の権利であり個人の自由です。しかしその裏には他人に配慮する気持ちが無い事を自慢し当然の権利と主張している事にもなり兼ねます。

テーブルマナーとは当時の時代背景により色んな形があっても良いと思います。フォークの背に乗せて食べにくい食べ方をする・・・なんてどうでもいい事だと思います。(ご自身が不自然な格好にならずにテーブルに落としたり、クロスを汚したりしなければの話ですが)

ここで一番大事なのは他人にどう見られているか?と言う事よりも、他人に対して不快感を与えないか?が本文だと思います。
偏った教えで、マナーが無いと恥ずかしいと怒られたり、押し付けられたりもしましたが何より他人に不快感を与えると言う教えが無かったような気がします。
色んな場所やお店が御座いますので、当店のような特殊なお店に限った事では無いと思います。

自分自身が良ければいい。と言う自己判断で周りを気にせず、誰にも迷惑はかけていないと平気で聞く事もよくありますが全く配慮の気持ちが無い証しであるとしか言えようがありません・・。

私のレストランはマナーを押し付けるのではなく、公共の場であり、単純に満腹になるが為の空間では無い場です。
周りとの調和、同席者との最上の時間、接客する者とのコミュニケーション、季節の野菜、魚、肉を感じ、四季の憂いを感じる場。それは所謂、社交場です。
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by fumi-sama | 2007-04-25 09:20 | Magasin お店の事全般


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